一覧図解で読む物語の世界(古事記編)

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物語の構成を考えてみる

古事記には、腑に落ちない点がいくつかあります。そのひとつが、物語の構成。ギリシャ神話の物語としての構成から、古事記の枠組みを探ってみたいと思います。

 ▮トロイア戦争を概観する

さて、有名なトロイア戦争の物語はギリシャ神話の中に登場します。この解説は、なかなか難しいです。説明する際の構成を考えず、興味本位に話していくと、その主体がわからなくなり、聞き手は混乱してしまいます。そもそも、どの物語から読んでいいかわからないンですね。

トロイアは、エーゲ海の東、現在のトルコ北端に位置しますが、エーゲ海を挟んだ西には、多くの神々が誕生した地であるギリシャの島々があります。トロイア戦争は、紀元前12世紀から13世紀ころエーゲ海を挟んだトロイ王国とギリシャ連合との覇権争いといわれています。

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紀元前9世紀に、吟遊詩人のホメロスが、トロイア戦争の10年間と、オデッセウスが帰還するまでの10年間を、それぞれ「イリアス」「オデッセウス」という抒情詩として詠い、後世に残しました。このトロイアにまつわる物語に感動したドイツの少年シュリーマンは、伝説の都市トロイアを探しつづけ、この遺跡を発見したといいます。

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<トロイの遺跡と観光用のトロイのもくば>

トロイア戦争の物語は、登場人物の多さもさることながら、出所も多岐にわたる上、さまざまな神が加担することから、より複雑性を増しているようです。

加えて、カタカナの西洋人の名前を、誕生の経緯を含め覚えることは、日本人にとって容易なことではありません。もっとも、名前は正確に憶えなくとも、その背景を知ることで、トロイアの物語をより深く楽しむことはできるかと思いますが。

ギリシャ神話の一覧図から、トロイア戦争に関する逸話の登場人物・神々をハイライトしてみました。(関連する神々はまだいるのですが、とりあえず割愛します)

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トロイア戦争は、ギリシャトロイアの間に勃発した戦争。そこで、トロイア戦争に関するところだけを拡大してみました。下図の左上の水色の枠内が「トロイア軍」。その他は「ギリシャ連合軍」に属す人々。

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面白いもので、勝者のギリシャ連合軍にはゼウスの末裔がいて、敗者のトロイア軍はゼウスとは関連していません。トロイアの王子パリスは、トロイア戦争より以前の時代「美女コンテストでの審判」という逸話に登場します。その話の中でパリスは、世界一の美女として、ゼウスの息のかかった「ヘラ」と「アテナ」を選ばず、祖父ウラノスの血を引くアプロディテ(ヴィーナス)を選んだのです。敗者の集団に、ゼウスの末裔がいては、うまくなかったのかもしれません。

当初は、トロイアもスパルタも、それほど敵対する間柄ではありませんでした。この戦いは、トロイアの王子パリスとギリシャの王女ヘレネが恋に陥ったことに端を発していることから、生まれ出た人間の愚かさを象徴しているように思われます。

またパリスが登場する以前、スパルタ国の絶世の美女ヘレネは、数多くの花婿候補者が争う中、スパルタ国の王メネラオスを、結婚の相手として選択。と、ここまではよかったのですが、トロイア国の王子パリスが、スパルタ国の王妃になったばかりのヘレネに一目ぼれ。強引に奪い去ってしまいました。ヘレネもまんざらではないことから、不倫と知っていながら、パリスについていってしまったンです。

このため、スパルタ国の国王だけでなく、かつてのヘレネの花婿候補者であった人々も、パリスを目の仇に、さらにはトロイア国そのものを標的にしたというわけです。

ギリシャ神話は忠臣蔵

阿刀田高は、このトロイアの物語の構成を「忠臣蔵」のようだ、と表現しています。「忠臣蔵」に登場する赤穂浪士47名には、それぞれに事情がありながら、最終的に討ち入りを実行。主君の仇である吉良上野介を討ち、その目的を達成します。物語としては、単に討ち入りの際の立ち回りだけでなく、各浪士の「誕生物語」を知ることにより、「忠臣蔵」という物語の深みが増幅する、というわけですね。

討ち入りが「見せ場(全体)」であり、それぞれの誕生物語が「背景(部分)」という考え方からすれば、時折、上映や上演される「仮名手本忠臣蔵」は、見せ場である「討ち入り」から始まることが多いようにも思えます。

ギリシャ神話は、ホメロスが史実に基づきトロイア戦争(見せ場)を詠い、その後の人々が、登場する英雄にまつわる各地の伝承(背景)を関連つけたことで、完成に近づけたと考える方が、自然なように見えます。

しかし、ギリシャ神話に関連する書籍の多くは、ゼウスを取り巻く神々の創成物語(背景:部分)をテーマにしたものが多く、実在の可能性があるトロイア戦争などの英雄の冒険物語(見せ場:全体)については、とってつけた形で説明される例が多いように感じます。前後半を章立てすると、以下のようになるでしょうか。

 ▮ギリシャ神話(第一章):ゼウスを取り巻く、オリンポスの神々の創成物語

 ▮ギリシャ神話(第二章):英雄の冒険物語(トロイア戦争、アルゴー船東へ)

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忠臣蔵」のように、ギリシャ神話も見せ場(第二章:トロイア戦争)から解説する図書もあるかとも思います。これからも探していきたいところです。

▮結果を知りつつ、背景を読み取る

見せ場(オチ)を最初にあからさまにしてしまうことは、物語の面白さを半減させてしまうかもしれません。ミステリアスな物語は、奇想天外な筋書きが続き、さらにこれまでの流れがひっくり返るような驚きを与えるため、結末が最初から分かってしまうと、これほどつまらないものはないでしょう。結果がわかってしまっては、繰り返し見ることもないような気がいたします。

一方、いろいろな名作は深く読み込まれ、その読者の多くは結果を知っています。

ロメオは、バルコニーから身を乗り出すジュリエットに、その想いを告げた。その誕生の秘話を知りたくのめり込んでいく。マリーアントワネットは何故、あのような残酷な目に合わなければならなかったのか。衝撃的な結果は、そこまで至った背景に関して知りたくなるものです。

このように語り継がれる名作の結末は、すでに広く周知されています。しかしながら、評価の高い物語は、結末がわかっていても、繰り返し見てしてしまうもの。物語の結末を最初に知ってしまっては、もともこもありませんが、得てして、その形態の方が物語の永続性という面で考えれば、深みがでてくるものです。常々、結果が予想できる「フーテンの寅さん」はその好例でしょう。

現代社会は情報過多の時代。結果を知っていれば、その背景すべてを知る必要性はありません。結果を中心に、時間のある時に背景を読み解いていく方法が、今の時代には、合っているものと考えます。

▮見えない古事記の結末

 フランスの哲学者サルトル曰く、『旧約聖書には、神が人間を造り出した、ということが書かれているが、聖書自体は人間が書いたものである』と。

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ギリシャ神話にしても、古事記にしても、どこからが事実であるかはわかりませんが、少なくとも、これら文献は人間が書いたものでもあるわけです。改めて、古事記を概観してみると、そこには「背景(プロセス)」が描かれているだけで、「結果」については、よくわからない(ようにしてある)。その意味で、作者の意図が大いに感じられます。逆に、それが興味を湧き立たせているのかもしれません。